慣習をあらためて見直してみる

「ババ抜き経済」

結局、誰かが泣きをみて成り立っている部分がある。例えば消費税が10%とかになれば、流通のなかで、「誰か」が、
それなりにコストを抑えないといけなくなるだろうなあ。下請けさん、エンドユーザーさん、小売業さん、
このへん、それなりの力関係で決まってしまう。まあ、それだけではないのだけど。そういうことが目立つように思うのかな。

なくしたい慣習

十分話し合って、取引価格を決めた後(まどろっこしい値引き交渉などめんどうなので、気心も知れてる人だから最初から最高に値引きして話をもっていっている。)、
「今後もあんたんところ使ってあげるし、来年も注文あげるんだがら、これとこれもサービスしておきなさい」
というとても無理な交渉を持ってくる人がいる。原価割れの上にかなりの手間と労力時間を使わないといけなくなる。

「元はといえば、○○さんの紹介で使ってやるのだし」ということも付け加える。
今回の取引はあなたから一方的に押しつけてきたことであるのに(こっちは、つかってもらわなくてもいい!)
「紹介者のメンツをつぶせないだろう?」という部分をもちだしてくる。

いろいろ大義名分らしい言葉で最もらしく話をするが、こういうのはタダ単に、先方に金がないということである。
あるいは、搾取しようということだ。やられたら、だれかにやりかえさずにはいれない人は多いのか。。。世間ってそんなもんだとおもっているのか。。。否!自分らがそういう以前からある商習慣にのっとって行動してるだけだ。
下請けの方などなどいつもやられてるから、自分が買い物するときは、とことん絞る人も多いようだ。
当たり前のことになっている。相手の労働時間などをつかっておいて、こっちはお客だからと言って
一円も払いたくはないのだ。搾取以外のなにものでもないのが当たり前になってたりする部分がまだまだ沢山ある。
そういうのを「しかたがないのよ」「つきあいだよ」ってことですましてきてるのって

なんだかもういいかげん、やめようよ。って感じだ。

売り手、買い手、それぞれにいえることだけど、相手の弱みにつけこむというのはもういいかげん無くしたい慣習だ。
「そうはいっても、商売って、それがあたりまえだ」とか「そんなんじゃやってけないよ」
などといったいどれだけいわれただろう。。。


値切るのを悪いといっているのではない。

だれかが、泣き寝入りして、成り立つ取引は、ないほうがいいといっているだけだ。
特にどちらかに泣き寝入りを強要する取引は、まちがっているとおもう。・・・思うじゃなく、間違っている!

そういうだれかの泣き寝入りがなければ社会生活が成り立たないってことがわかって
いるのだから、今までのやりかた、理屈、商慣習など、見直した方がいいとおもった。

勇気を持って接する価値を持つ

前述の人、とにかく、同じ商店街だとか、前から知り合いだとか、誰々さんの紹介であんたんところを
つかってやってるだとか、恩着せがましいことをいってくる。
取引断ろうと匂わせたら、「あんたんところ以外他のところはいっさい相見積もりとってないから、間に合わない」
ということをいってくる。かなりねちっこい人である。
でも、こういう人っておおいのだ。

売り手と買い手の力関係からの話ししかなく、本来あるべき信頼関係からの話に
耳をかたむけない。そういう人ってまだまだ多い。

こちらは、信頼関係で話をしていても、重箱の箱をつっつくような難癖をつけて、値切ってくるのだ。
まあ、お金がないというだけか、ホントにお金を払いたくないってことだけだろう。

いろいろ説明した。

もちあげて、「あなただから話すが、これを勝ち負けにしたくはない。」
「お互いのためにならないことはしないほうがいい。どちらかだけがメリットになるという
取引はすべきではない」
そういう立場で説明した。

お金がないとわかった。事情を考慮すると伝えた。と同時に
「こちらの事情」も理解してもらうようにした。


結構、わかってくれるものだった。

でも、まだまだ、わかってないんだろうなあ。ってかんじもしたが。。。
なんていうか、踊らされてるっていうか
自分で考えられないっていうか、考えないっていうか、。。。

でも、勇気をもって、商売だろうがなんだろうが、フェアーな生き方で人と接するべきだ。
「あたらずさわらず」「波風立たせず、泣き寝入り」的上下関係のある商売のしかたはもういいかげんいやだ。

すこしずつやらなくて、いつやれる!

理念の押しつけではなく、お互いのためになるという取引のかたちはあるとおもうし、必要だとおもう。